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カレンダーの歴史 印刷
大切な人との絆を深めるカレンダー
2009年 9月 27日(日曜日) 17:12

カレンダーの歴史


古代バビロニアでは、毎夜僧侶達が、寺院の屋上に登っては、月や星を肉眼で観察していました。?そこで月の満ち欠けが一定の周期で行われることを知った彼らは、太陰暦を作り出しました。?これがローマに受け継がれ、ローマの僧侶達も絶えず月を観測し、新月がはじめて顔を見せた夜には、笛を鳴らして市民に知らせました。そして、その次の日を「月の最初の日」と定めて、金銭の清算をすることになります。それを「カレンダー」と言ったのです。

すなわち、カレンダーは本来「告知する・知らせる」という意味であったのですが、上述のように、次第に「金銭出納簿」の意味に変化していきます。さらに金銭ばかりではなく、ついでにいろいろな行事を書き記した帳簿を意味するようになり、やがて今のカレンダーの意味に発展してきたのです。

日本に暦が伝来した事については、日本書紀に「553年(欽明天皇14年)に百済へ暦博士の来朝を求めた」とあります。また、602年(推古天皇10年)に、観勒が来朝して暦法を伝え、日本の学生に学習させたと記録されています。七曜は弘法大使の「宿曜経」によってもたらされたそうです。

現在の太陽暦(グレゴリオ暦)を使用するようになったのは1873年(明治6年)からのことです。当初の「こよみ」は小冊子の形をとったものが主流で、始めは暦屋の団体である領暦商社、1883年(明治16年)からは伊勢の神宮司庁しか発行を認められていませんでした。明治時代中頃から1枚刷りの引札略暦が大流行し、そして1903年(明治36年)には日めくりカレンダーが大阪で製造されました。日めくりは旧暦も併記され、美しい台紙に広告が入ったもので、中小商店や会社、銀行などが大量に作り、多くの 人々に配布されるようになりました。 ?今日、主流になっているカラー写真の入った月めくりカレンダーが流通するようになったのは、1945年 (昭和20年)以降です。

 


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